人は死ぬ直前まで役割がある…

3月3日 雛祭りは祖父の命日です。

大正五年十月十日生まれ 竜年

山形県産まれ、子供の頃から小柄で身体が弱く靴屋に奉公に出され、戦時中は乙兵として女工さん達と一緒に軍靴の修理をしていた。(乙兵は軍人として失格)
仕事が遅いと祖父は終令で呼び出されては殴られたという
自分が手早く軍靴を直したところで健康な男子が戦地に履いて行かなければいけなくなるだけだから
『すいません、自分は頭が悪いもので…』
と殴られていたという。

私が小学校の頃…
家庭の事情で祖父宅から学区外通学をしていた。
その頃、虐めにあっていて度々、登校拒否をして遅刻をする私を職員室まで付き添ってくれて
『すいません、自分が飲み過ぎちゃいまして起こしてやれなかったんです』
と頭を掻きながら下げていた祖父の顔を今でも思い出す。

この歳になって祖父の言葉や行動の一つひとつの意味がやっと理解できるようになり感謝の気持ちが尽きない。

晩年は叔父の家で過ごしデーケアに週3回通っていた。

いつものように迎えのバスに乗ろうとした時に倒れて意識がなくなり入院。
数少ない親族が集まり一頻り思い出話しが出尽くして倒れてから一週間後に安らかに永眠した。

祖父が倒れてから一週間、手を握り返す動作で私とは最期まで意思の疎通をとり合い巡回にくる看護師と医師を驚かせた。

私からの問いかけに
『そうだよ』の時は強く二回
『違う』の時は弱く一回
握り返してきた。

祖父はとても綺麗な景色を旅しながら光の世界へ旅立ったようだった。

入院中の病院に通っていたデーケアのスタッフ14人中の11人がお見舞いに駆け付けてくれ、お通夜には12人が参列して祖父の顔を撫でてくれた。

その中の数名のスタッフさんからデーケアでの祖父の様子を聞くことができた。

叶さんね、
良く遊んでくれたんですよ!
縁日ごっことか折り紙とかボール投げとか
なんでも積極的に参加してくれました。
本当、童心に戻るって叶さんみたいな方のことをいうんだなぁと
色々と企画するスタッフが励まされたんです。

叶さんね、
女の人が好きでね
『あんた若くて綺麗なんだから明るい服を着なさいよ、笑った方が可愛いよ』
『僕のお嫁さんになってよ』
って
人見知りで馴染めないスタッフに話しかけてくれるんです。
それから、そのスタッフは明るくなりまして
スタッフ同士でも良かったって話してるんです。

身近にいる家族から見たら只のボケ老人にしか見えない祖父だったが役割を持っていたのだと痛感した。

祖父の生き方を見ていて

老いることに逆らわず
老いることを苦とせず
美しく老いて逝きたい

と心に想う

『じぃちゃん、いつでも会えるよね』
二回握り返してくれた手の温もりが記憶に残っている。