分離感という意識想念が創造したコロナウィルス

分離感という意識想念が創造したコロナウィルス

この世界の全ては私達、思考を使う事が出来る人類の創造です。

コロナウィルスの蔓延を止める為の手段として行われているのは分離、隔離、、、

私達の中にある分離感
この分離感が様々な不具合を生じさせます。

他者と自分との分離
自分の見たくない感情との分離
本来の自分との分離
病気やトラブルからの分離
過去からの分離
社会からの分離
集合意識からの分離

そして

顕在意識と無意識の分離

今、人類に必要な事は統合です。

量子場調整®︎は顕在意識と無意識に架け橋をかけ統合させて意図の具現化を加速させます。

統合こそが〝愛“の始まりです。

《瞑想と量子場調整®︎で地球を愛で満たそう!》

殆どの方がご存知かと思いますが私、シンギングリン®︎という楽器を演奏しています。

ユニット名は音旋響(おんせんきょう)と読みます、ポカポカ、リラックスできそうでしょ😊

この時期に瞑想する時にお薦めのCD
屋久島の自然音とシンギングリン、三昧琴、そして、サロッドの優雅なメロディ
音旋響のアルバムRASHINを期間限定特典付きで通信販売いたします。

《お客様から感想です》

⭐️不眠症でしたが気持ちよく眠れました。
⭐️最後まで聞けた事がない。
⭐️自然音と楽器の音が心地よく、温泉の様な心地良さ。
⭐️睡眠に良いと言われ仕事後に聴いたら、弦楽器が入るところで意識が覚醒して朝四    時まで書類仕事をしてしまいました、笑。
⭐️瞑想に入りやすくヨガの後に最適!

CDアルバムRASHINは送料み2000円

《期間限定特典》

あらゆる感情はエネルギー‼️
コロナ禍の不安な気持ちを素直に認めて無意識の愛を活性化しよう❣️

量子場調整®遠隔施術90分¥7500を2000円でご案内します。

※CDアルバムRASHINは送料込み2000円

※CDと量子場調整®遠隔施術コミコミ4000円になります。

気になっていた方も、リピーターさんもどしどし遠慮なくご応募くださいね。

特別キャンペーンですので、いつまでこの価格でやらせていただくかは未定です。
ピピっと来たらすぐ応募!。

もう、既にCD持ってるけど遠隔受けたい方はCDはお友達にプレゼントされてもお得ですよ😄🎵

お申し込みはmessenger及びホームページのお問い合わせからお申し込み下さい。

このキャンペーン、不穏時の心理を使った商売上手と取るか空いた時間を使ってのエネルギーのシャアと取るかは貴方の〝心“ 次第です。

いつも、ありがとうございます😊

いつの世も興味は男と女

いつの世も興味は男と女

昭和の時代も平成、令和になっても人の一番の興味は異性の話し。

量子場師調整師になって6年、今年は50歳!第3期モテ期です(笑)

屋久島から横浜へ戻って5年
戻った当時は出費が嵩み
少しでも安定した収入源確保で業務委託でボディケアの仕事を受ける事にしました。
常にに人の身体を常に触っている仕事は自分自身の勉強にもなり量子場調整の技術にも活かす事が出来て一石二鳥、5年も続けていると常連さんもそれなりに付くものです。

その中の一人で70歳くらいの紳士
いつも、長い時間を取られて世間話しもしながら揉まさせ頂いていました。
そして、施術時間の最後には食事に行こうとナンパされます(笑)

その日もいつもの様に長い時間を取られていました、
揉み始めて暫くすると
『今日はね僕の80歳の誕生日なの、僕は二人の息子に恵まれて仕事もリストラにあったけど起業したら成功してお店も二軒してる、本当に万々歳の人生なんだけど一つだけ悔いがあってね、、、妻を42歳の時に亡くしてるの、その時、起業したばかりで妻の身体の異変に気付いてあげれなかった、それだけが後悔でね、、、』

坦々と話し始めたんです。

『妻はね、先生(私)にそっくりでね、丁度、先生と同じ歳の頃に亡くしてるから懐かしくなって来るんですよ、こんな話ししてごめんね、、、』

私はとっさに
“明日のランチでしたら出来るので行きましょう“
と言ってしまいました。

当日、素敵なスーツにみを包んだ紳士登場
百貨店の飲食街にある店に入り注文が終わりと同時に
『先生、これがね妻なんですよ先生にそっくりでしょ』
と胸元のポケットから出して見せた写真

“へっ?“

『見れば見るほど似てるなぁ』

“そうですか。。。”

“ワタシフタエダシ、タシカニマルマルシテルケド” 心の声

『妻は三人姉妹の真ん中で子供の頃に親戚の家に養女に出されてね、大事にしてもらった様なんですが自分の家に帰った時に本当の親にいらっしゃいって言われた事は寂しかったみたいです、なんで三人姉妹で自分が養女に出なくては行けないんだろうって悩んでたと。。。』

その言葉を聞いてハッっと気付きました

【男性は外側の世界に意識があり重きを置く】

男性は案外、女性の外見的なところは見てないんですよね、見てたとしても一瞬で後は内面の醸し出される

“量子の世界” を観てるんです。

“私も子供の頃、事情がありまして両親の元で育っておりません、そんな雰囲気が奥様と似てるのかも知れませんね”

そう、返すと

『そうですか、育った環境まで妻と似てるんだ、先生に揉んでもらうと不思議に妻に触れてもらってる感覚になるんです、ごめんなさいね、今日はありがとう』

特別、他のお客様と違いことをした訳ではありませんが
その方はわたの醸し出されるものに惹かれてお食事に誘ってくださったんですね。

日常の中で府に落ちてくるのが量子場調整です。

感謝。

受信機か発信機か?

受信機か発信機か?

本題の前に

今年はエネルギーを扱い人様のお身体に触れさせて頂く以上
自己浄化が必要と思い冬至の滝行に行って参りました。

お世話になったのは白杵山 天光寺 真言宗のお寺
12:30に集合 挨拶の作法 幾つかの御真言 お百度詣りをしてお滝に挑みます。
(あれ、もう少し気軽に考えていたのになぁ)と心の声。

お滝までは小雨が降る中10分程山登り
滝に到着すると入水の手順を習いイザ滝へ

ご修業中は南無大師遍照金剛の御真言を指導の先生と掛け合いながら行います。

入水直後はパニックを起こす方もいる程、冷たく感じますが30秒もすると身体が温かくなり軽くなって行くのが不思議です。
入水から滝壺へ身体を沈め出るまで2分〜3分
指導の先生の判断で滝から出されます。
この日は二十一人の修行者がおり先生はその間、ずっと滝の中で見守ってくれています。

今年、一番の寒さだったとか
普段の生活では想像も出来ない寒さの中で無事に終えられたのは先生の献身的なお導きとエネルギーのサポートがあったからに違いありません。

感謝  拝 

さて本題に戻り。。。

以前から考えていた答えが少し見えてきた様な気がする
パートナー、コウサカワタルと演奏し始めて8年
お互いの意思の疎通は未だに全く出来ないのだが
無意識の繋がりは深くなっているのを実感している

私は子供の頃から勘が強く
駄菓子屋の当たりクジや歳末大売り出しの福引きを良く当てていた。
面白がって周りの大人達は花札のコイコイ遊びを教えて引き札を当てさせて喜んでいた。
その内に『今日は誰々さんがくるよ〜、誰々さんが亡くなるよ〜』
などと言い始め、尽く当たるので今度は怖くなったらしく花札、トランプ禁止令が発令され他の人が観えてない事を口にするだけで叱られる様になった。

この数年は
コウサカと暮らす様になり良く夕食のメニューが彼が食べたい物とドンピシャの時が多々ある。
それも、微妙なメニューで(笑)
先日も滅多に自分からは食べないインドカレーが食べたいと思い誘おうと思ったら彼の方からインドカレーを食べに行くと連絡が来たり
『夕飯はすき焼きみたいなのだよ〜』とメールしたら『そういうのが食べたかったんだ!』と返信が来たり
すき焼きじゃない、牛丼でもない、すき焼きみたいなのがポイントなのだ!
彼から『今夜は〇〇が食べたい』『あっそれ、作ってる』なんて会話は何度もある。
その他にも人混みの中での待ち合わせで到着メールをしようとしたら目の前に居たり。。。

これって、どちらが発信機で受信機なの?
そんな、疑問が私の頭の中で巡っていた(笑)

先日、AM2:00出張先のホテルの露天風呂から見事な満月を眺めていたらフッと思い付きコウサカに満月の波動を遠隔をしてみた。
翌朝、夜中に遠隔した事をメールすると
なんだか、目覚めがとても良かったんだよとの返答があり
最近、不仲だったので味をしめた私は翌々日の双子座流星群の波動も『双子座流星群の様にメロディが降り注ぐ』と意図して遠隔をしてみたら
夜中の3時に目が覚めてサロッドを弾き始め良い感じのメロディが浮かんだと
普段からこう素直に動いて欲しいものだと苦笑いが出た。

これは正しく私が無意識に発信した情報を素直に顕在意識に映し出し行動を起したのに違いないと確信した。

この場合は私が量子場調整の技術を使って私が彼の無意識と繋がり意識の力をかりて意図を発しているのだから
私が発信機で彼が受信機である。

では、日常生活ではどうなんだろうか?
彼に聞いてみたところ今している行動とは全く繋がりなく突然、食べ物と味が浮かんでくるらしい。
食事を作る時に冷蔵庫を覗き材料を確認して足りない物を買い出しに行く
その過程である程度の出来上がりの味を想定しているのだ。
そうして、彼にメールする頃には彼はそれをキャッチして作っている料理を食べたくなるのだろう。

この場合も私が発信機で彼が受信機である。
では、この役割はどの様に決まるのか?

私は女性でありながら男性性が強く(陽)の性質を強く持っている。
能動的に物事を勧め支配力も強い方だと思う
彼は男性でありながら女性性が強く(陰)の性質を強く持っている。
更に子育て経験者の彼は受動的な要素が強い

男性=陽=発信
女性=陰=受信

と思いがちではあるが男女間での発信機と受信機の役割りは性別ではなく資質に寄って役割りは決めれてくるのだろう。

こうして、このブログを書いている間にも
『今日の夕飯は麻婆豆腐とか作ってたりする?』
(惜しい!麻婆茄子にしようか考えてたとこ(笑))

こんなメールが交わされて

昨日のクリスマスマス・イブには
今年のケーキはノエルタイプのチョコ味がいいなぁと思ったらちゃんと
理想のケーキを買って来たりする彼であった(笑)

気付きは寝て待て〜涅槃仏の御利益〜

気付きは寝て待て〜涅槃仏の御利益〜

深夜の帰宅路に道に落ちていた金色のスカーフ
一度は通り過ぎたものの気になって戻り、拾って帰り手洗いした。

〝これ、タイシルクだ!そうだ、タイへ行こう!〝

9月29日からタイ旅行へ出発
私は20年振りのタイ

〜世界の車窓から〜さながらの列車の旅 20バーツ(70円)にワクワク

今回の旅の目的はアユタヤ遺跡
アユタヤ遺跡の光景にショック
戦争の戦利品に頭と腕を捥がれた仏像が並ぶ
いつの時代も人の欲は愚かだ

タイは涅槃信仰の国
日本の諺にもありますが
〝家宝は寝て待て〝
そうは言えどもバタバタ、右を左をするのが性分で何かと動いていないと気がすまない

何体かの涅槃仏を拝観してお気に入りの涅槃はこちら
黄金に輝いて扇風機に当たって涼んでおります。
炎天下の中、熱中症になりかけながら遺跡や寺院巡りをしていた私はそのお姿を優雅さに見惚れて
〝私もこう在りたい〝
暫し、涅槃の前で座り込みました。

私が見惚れた涅槃様
願いを即座に叶えて下さいました!
翌々日の朝。。。帰国日
うっ動けない、、、お腹が、、、痛いっ、、、なんだ、、、
今迄、海外で食当たりなどした事がない私は戸惑い額には冷や汗( ̄∀ ̄;
深夜便出発だったので部屋を延泊して休む事に決め調整をしてベッドに沈没
空港出発へ時間にはどうにか歩けるまでに復活
やっぱり、熱中症になりかけの身体に生牡蠣は駄目だったかと後悔しながら帰国の途へ(>人<;)

自宅に辿り着いた時には力も尽きて寝具に潜り込み
寝て寝て寝倒して
〝私ったらまるで涅槃〝
なんて呑気な事を思いながら寝て過ごした数日

夜明けに見た夢。。。
屋久島にいるはずの母と話している
二人とも水商売を今生で終わらす事が出来て良かったね
そんな、話しをしていた。
そこにドアを叩く音
どなたですか?とドアを開けると
そこには母のヒモだった男とその家族らしき女性と男の子が立っていた

〝母は水商売は上がりましたよ〝と私

そうか、と男

その男は連れてきた女性に私がどんな娘になってるか聞いていた

〝あんたが言ってた通り太陽みたいな娘さんになってるよ〝

男は視力を失っているようだ

〝すいません、、、母のせいで人生を狂わせしまって、、、〝

思いもよらぬ言葉が私の口から出た

その男と女性と男の子は立ち去っていった

私は男を憎んでいるはずだった
男が家に居座る様になり祖父母の家へ預けられた
中学へ上がり母の家に戻ると
その男とギャンブル、酒、煙草に溺れていた
青春期の殆どがその男が家にいた
甘えたい時に甘えられなかった
成長期なのに食事はあったりなかったり
酒に酔った母は暴れて私や男に暴力を振るった
家は常に荒れていた
その男の印象が強く無意識に男性を馬鹿にしてしまう癖が身に付いてしまった。

無意識は判断が出来ない
無意識は無抵抗で
無意識は無垢な勘違いの天才

子供の私の無意識は苦しい出来事の全てを一本の束にして捉えていたのだ。

実際は違った。。。
その男が母に手を挙げた事は一度もなく
その男の前に付き合っていた銀行マンの男に振られた腹いせに
酔って私に暴力を振るう母を止めていた、
熱湯を被せられそうになった時も払いのけてくれて事なきを得た、
その男が家に居座ってくれたから祖父母の家に避難できた、
細面の青白い顔の男はいつも無口を通して
母のストレスの捌け口になる事で私を母の暴力から守っていたのだ。

この夢を見るまで
その男を加害者にして自分を被害者にしていたのだ。

その男は私が17歳で家を出て程なく母と別れ消えて行った。

完全に目が覚める頃には涙で溢れていた。

〝ありがとう〝

今、生きているなら母の10歳下の63歳
残りの人生、穏やかであって欲しいと心から思えた。

横浜に戻って来てからできた右脚の4センチ程の筋腫
悪性ではないけれど長く歩いたりすると浮腫みが出て支障が出ていた。

その日からスッカリ消えていた。

身体が弱り、力が抜けてからこその気づき
また、量子もスペースが出来ないと上手く働かない
病気もまた祝福である。

音旋響八周年記念の旅 日光東照宮の巻

日光東照宮といえば
左甚五郎の眠り猫
薬師堂の天井画 鳴き龍

そして

見ざる、言わざる、聞かざるの三猿

幼い頃は周りの影響を受けやすいから世の中の悪いものは見聞きせず、悪い言葉を使わせず、良いものだけを与えよ

そういった格言を彫刻に示した作品

祖父は余りに争いごとの多い家庭環境に産まれた私に

‘’見ざる、言わざる、聞かざる‘’

そう言い聞かせ育てました。

私の無意識は勘違いをしてしまったんですね

視力は両眼共に0.1を切る0.04
左側の耳は難聴の診断
言語が極端に遅れ吃音症を発症
集団生活についていけず
学校では酷い虐めにあい友達が出来ず
学力も遅れていましたので支援学級への編入も考えられていました。

子供の頃は
母からもネクラちゃん、ブスミちゃんと呼ばれるほどのネクラ
自分の世界に閉じ籠り
殆んどを一人遊びで過ごしてました。

そんな中で事件が起きました

子供達が遊ぶ広場で何人かの男の子が竹棒を振り回していたのです
そこには小さい子も混じっていて
危険性を感じた私は

‘’危ないから止めなさい!!!‘’

そう言って竹棒を取り上げようとすると
生意気だと言って竹棒で叩いてきたのです。
最後は押さえつけられる形になり
竹棒は私の目を強打し激痛が走りました。

暫くして、大人がきて病院に運ばれ処置されましたが記憶は定かではありません。

光を入れてはいけないと目を塞がれ真っ暗でした。

その時の恐怖で泣くことも言葉を発することも出来ず
音は聴こえてもそれが何を言っているか理解できなく

見えない、聞こえない、言えない

勘違い三猿になってしまったのです。

その時

宇宙創造神の存在を初めて体験しました。

私達の魂は一つで繋がっている
太陽の親分みたいなところから飛び出て肉体という乗り物に入って
地球を体験しているんだと

はっきりと脳裏にビジョンが映し出されました。

その時、9歳

幸い、目は失明せずに済みましたが
相変わらず虐めは続いていました。

しかし

私の意識が違っていたのです
虐める子達に怒も感じず恨みつらみもなく
虐められることに恐怖もなく
痛みはあっても泣くこともなく
ただ、少し肉体から離れたところで自分を傍観しているのです。

それは

日常の生活においても同じです
大人達の争いごとも
ただ、観ている
そんな子供でした。

祖父がどんな気持ちで

‘’見ざる、言わざる、聞かざる‘’

自分の目で見て無意識の勘違い解いて来ようと思い
日光東照宮に足を運びました

三猿の彫刻の前で手を合わせた時に
祖父の気配を感じ温かい手が頬を撫でてくれたような気がし涙が溢れてきました。

現実を観る力も真実を聞く力も誠実語る力も付き不器用だけどなんとか生きてます。

そう、祖父に報告して日光東照宮を後にして

音旋響8周年記念旅の締めくくりは鬼怒川温泉でシッポリ
何処へいっても珍道中の二人ですが宜しくお願いします。