土壇場で量子場師という選択

こんにちは!旅する量子場師 叶 さとみです。

沢山のご縁から全国を巡らせて頂いて早くも半年

『さとみさん、なんで量子場師になる決意をされたの?』

と良く聞かれます。

そうですよね、量子場師の講座は50万で一生使える技術とはいえ覚悟のいる金額です。

私が量子場になった時は正直、一銭もありませんでした。

じゃあ、どうして量子場師になれたか‥‥

自分で自分を誘拐してみたんです。

屋久島で母との関係を取り戻したく引き取ってはみたもののお互い過去の傷が蒸し返してしまい母はリウマチが酷くなり私は過呼吸、喘息と苦しみました。

それでも、生活保護だった母を引きって自分で生活を見ると決めたんです夜もバイトして間に合わなければ鹿児島へでて住み込みで仕事をしてました。たまに帰ればこんな辺鄙なとこに閉じ込めてと母に責められました。

そんな中で古い友人から東京へでることを勧められて彼女から始めて量子場調整を受けました。

正直に言うと効果はあまり感じられませんでした。

そりゃそうですよね

働きすぎでボロボロでしたから

体温35.5 血圧80

こんな状態でしたからね

二度目の調整をしてもらった時に量子場調整の話しを少し聞け理解できました。

『量子場師になったら良いよー』

このままいてもしょうがない

そんな気持ちがでてきて‥‥

ダメ元で友人にお金の融資を頼んだ訳です。

誰にもどこへ行くとか言わずに家をでましたかからね心配して着信が入ります。

その履歴を見るだけで自分はこれからどうしたら良いか悩むわけですよ。

思いきって着信の友人に電話を掛けて頼んだんです。

量子場師になる為の頭金を貸してほしいと‥‥

『その量子場師とやらになったらかえってくるんかい?』

そう一言だけ言って貸してくれました。

有り難かったです。

人に何百万も貸して返してもらえなかったので自分が何十万単位でお金を誰かに借りることは考えられませんでしたから。

量子場師になってからは必死で働きましたよ食事も切り詰めて、生きる以外のことは余計なこととして切り捨てました、自分の意にそぐわない仕事もしてきました。

そんな状態ですから結果もなかなか出なかったです。

自分が得た技術を使いこなすまでは諦めないと決めたから頑張りましたよ。

アナログでblogなど苦手な私をご縁があった方がオーガナイズして頂くようになり量子場師として生活が成り立つようになりました。

お陰様で、スペインでの演奏も沢山のオファーを頂くようになり量子場師として地方へお仕事に伺えて有り難いばかりです。

私はセラピストとしてはまだまだ未熟ですが自分に与えられた試練から逃げないできた経験は身に付けています。

どんなテクニックより体験の中からの学びの中から得た洞察と技術でお応えするのが誠意なのかと‥‥

人の縁に感謝✨

これさえ失わなかったらどうにかなるものですよ!

※量子場の世界の入り口を体験できる波動観察講座

私も観察講座を受けてから技術が進歩しました。

福岡 11月14日と13日
宮崎 11月17日と18日
大阪 11月30日と12月1日(男性のみ)
滋賀 12月2日と3日
沖縄 12月7日と6日

どちらの会場もお気軽にお問い合わせください。

私の講座を受講した方でしたらどの会場で受けても再受講が何度でも一日1000円で可能です。